第三回 「スピンオフし続ける旅」橘カレン×松本真依

幻灯劇場には色んな分野の作家が所属している。普段俳優をしている彼女達もまた別の顔を持つ。橘カレンは映像作家、松本真依は写真家としての一面を持つ。「撮られる」立場でありながら「撮る」立場でもある二人の作家。

藤井 二人は去年から幻灯劇場のフライヤーをデザインしたり、CMを作ったりしてくれていますね。橘さんは外部から依頼されるようになり単独でデザインのお仕事もなさっている。仕事を一緒にする時役割分担をしてたりするんですか?

 それぞれの専門分野を生かせるように仕事を割り振っていきます。制作を進めていく中で意見交換したり、アドバイスを求めあったりしますね。

松本 毎回最初にイメージを話し合って、モチーフを書き出して。そこからラフ(大まかな設計図)を互いに書いてきて、その中から良いアイディアを選別していきます。今回は主演にカレンちゃんがキャスティングされたので、ラフを書く所からスタジオに入って実際に撮影するまで、彼女の良さをどう引き出すか考え続けました。

藤井 今回のフライヤー撮影はどんな感じでしたか

松本 テンポ良く撮影できました!何通りかプランを立ててラフを作ってたから『次はこう撮りたい。光を何パーセント下げて、こういう風に使おう』という細かい作業に時間を使えて。スタジオでの撮影で時間も限られていましたがスピード感を持ったまま丁寧に撮影できました。お陰でいい写真がかなりの枚数撮れました。編集大変でした。

松本 「ラッツィ・バッツィ」のストーリーや時代背景を聞いて、モーツァルトの妻コンスタンツェはネジが何本か外れている人だと思った。カレンちゃんは普段からネジ一本外れているから、それを引き出そうって。

藤井 三本ぐらい外れてるよね笑

松本 藤井には喜劇にしたいって言われたんで、モチーフの「遺作」「未亡人」「鎮魂歌」に引っ張られて暗くなくならないように、でも騒がしくないようにしました。フライヤーは一番最初にお客さんの目に触れる作品。 視覚的なその情報と言うか作品の 第一印象を担ってるんじゃないかなって思います。

 モーツァルトの物語だからって、クラッシックに詳しくないといけないとか歴史の予備知識が必要だとか、小難しい印象は与えたくなかったので、色調は派手じゃなくてもポップなフライヤーを目指しました。

観客の動きをデザインする

藤井 幻灯劇場のフライヤーは毎回ラフから立ち上げているんですか?

 『DADA』では真依さんが兵庫県立美術館賞を受賞した「泡になるわたし」を使わせてもらいましたが、それ以降の作品はまずラフを書いています。

松本 幻灯劇場第六回公演「Asobient」のフライヤーだけは別でした。「56db」は透かす撮影手法を使おうという所から始まって、その手法を活かすためにダンサーの人達に喪服を着てもらい、踊ってもらいながら撮影しました。「虎と娘」では服装とロケーション(撮影場所)だけ決めて、どんなフライヤーにするのかは実際撮影を初めてから妄想していきました。コラージュに興味があったので、コラージュで遊んでみようっていうので作りました。

藤井 アソビエントのフライヤーは「二作品同時上演」「杮落し公演」「協賛会社の説明」など情報量も多く、手ごわい仕事でしたね。結果的に出来上がった物をみてみると、A4を正方形にする特徴的折り方になっていましたね。

 二作品をA4サイズのフライヤーに落とし込まなきゃいけない。それで、お客さんが手にとって、さらに内容が気になるから開いて、という動きまでデザインに落とし込めたらいいなと思って。このフライヤーは「お客さんに開けさせたい」という所からデザインを考え、紙を選んで行きました。

「ぱ」が強いか「ぽ」が強いか

藤井 その時その時に興味がある手法と、その作品のモチーフとの間に公約数を見つけていくんですね。最近はどんなものに興味がありますか?

 最近は文字のデザインに興味があります。グラフィックデザイナーの岡口房雄さんが「金は必要」という言葉をありとあらゆるデザインに落とし込んでインスタで発表されているんですね。読めるぎりぎりまで文字を変形させているのを面白く思いました。たまに止めや跳ねがなかったりするのにちゃんと読める。どんなにデザインは攻めても意味から離れてしまわない感覚。読めて伝わるから広告なんだなと思いました。欲が無いんですよね。少女都市の隈部瑛里さんのデザインも欲がなくて尊敬しています。洗練されていて、無駄な物がないなと思います。

藤井 僕は逆に、文字をデザインしていく時、当たり前のように寄り添ってきた「意味」が文字から剥がれ、だんだんと見慣れぬ造形に崩壊していく瞬間にも惹かれますね。

 文字って意味を伝えるために生まれてきたけど、無機質な記号として見える瞬間があるよね。仕事で眼が疲れてる時とか笑 「56db」の韓国公演で夜の大邱を歩いてた時、街並みは案外日本と変わらないんだけど看板が読めないの。ハングルだし。読めないけど、丸とか直角とかがあって、積み木みたいでかわいいなってぐらいに思いながら見てた。

藤井 僕等は意味と形をくっつけてしまってるけど、日本語も読めない人からしたらそういう風に見えているんだろうね。そういえば、子供の頃初めて平仮名を習った時「ち」と「さ」を習うあたりで『来てるね、ゆとり教育がここにも』とか考えてた。「ち」と「さ」は形が似てるのに音や意味が遠く離れているという違和感がなかなか払拭できなかった。あと「ぱ」と「ぽ」はどっちが強いのかとか考えてた。

橘 絶対「ぱ」のほうが強い。

藤井 違和感だけが残って授業どころじゃないから、無意味にノートの端っこに「ちちちさささ」とか書いてた「ちちちさささ」って音も形も面白いから、悔しいね。

 確かに。音がキャッチーだよね。

藤井 「日本の企業のロゴは文字が多い」というのが少し前に中国で話題になってましたよね。中国では動物のイラスト、アメリカの企業はエンブレム、日本の企業はSONYやCASIOなど社名やブランド名をロゴにする傾向にあるというものです。もちろん、アメリカにも文字のロゴはあり、日本にもエンブレムのロゴが沢山あるので鵜呑みには出来ない話ですが、面白いですよね。

 名前を覚えてもらう戦略なのかな?

藤井 日本人の感覚の中で、文字の形と文字の意味はと分けがたい関係にあるのかもしれない。最近ボポモフォ(台湾でいうアルファベットみたいなアレ)に興味あるんだけど、ハングルよりも簡体字よりももっと日本の仮名に近くて、懐かしいのに読めない文字って感じがするんだよね。読めない文字使ってデザインするのは楽しいかもしれない。次回作のフライヤー、ボポモフォを使うのはどうでしょう。

はじまりは「勿体無い」

藤井 フライヤーを作り始めたのはいつ頃からですか?

 大学のサークルの上映会で作ったのが一番最初です。フライヤーのターゲット層を絞って、意識したデザインをしたり、人気のあるフライヤーデザインを参考にしたりしながら作ってました。

藤井 確か立命館大学の映像学部をご卒業されているんですよね。

 大学生最初の夏、十八の時に人生で初めて映像作品を作って。監督と編集として、出演もしました。これに出てくる沢山のフライヤーは部室に配りきれず置いてあったやつなんですよね。

藤井 作ったけど、配りきれてなかったんだろうね。

 文字のインパクトも強いし、がんがん赤いし、シンプルだけどおもしろいフライヤーだなぁっと思って、何か使えないかなぁって。この映像考え付いたのが京都に住み始めたばかりだったので、大学行くまでの道のりのあちこちにフライヤーが落ちてて、拾い拾いしている内に大学についたらどうかなって思いついて。この緑の車椅子も、部室に置いてあったやつなんです。誰のか知らないけど『勿体無いし』使ってみようみたいな感じでこの映像の構成を思いつきました。

藤井 「勿体無い」っていう感覚が制約になってアイディアが発展していったんですね。この映像、テンポもリズムもすごくいい。映される風景も、みんなが消費していく、「いわゆる京都」ではない京都の風景を切り出している。知らずにいるのは勿体無い京都をそれとなく教えてくれる感じ。「勿体無い」の感覚が場所選びの上でとても良い作用をしているような気がした。

 毎日、通学路を通りながら、気になった場所や風景をメモしていって。今考えると わからないながら一応、ロケハンみたいなことをしてた。笑 初めての映像編集だったり、書き出しに時間がかかりすぎて先輩の家で徹夜で作業したり、思い出がいっぱい詰まっている作品で今でも好きな作品です。

意図の外側へ、はみ出す

藤井 いつからモデルを?

松本 二十歳ぐらいの時にたまたま友達のカメラの練習台にモデルやってって言われてたのがきっかけです。

藤井 二十一歳頃から「カジカジH」などヘア雑誌に載ったり、仕事としてモデルをするようになりましたね。

松本 最初は雑誌に載るといってもどんなものになるのかわかってなかった。ヘア雑誌は髪の毛見せたいから、髪型をキープする角度をしたり、カメラマンさんの指示に的確に応える。今は、スタイリストさんやカメラマンさん意図を汲んだ上で、その外側へはみ出して提案できるようになったかなぁ。例えばこの商品は袖が綺麗だからそれの部分を見せたいとか、良さを見せやすいポージングを選んでいきます。顔の輪郭も、光の加減によって向きや角度など意識して選びます。

藤井 そういえば、二人はこないだたまたま撮影現場が一緒だったとか。

 立命館映像学部卒業展のCMですね笑 撮影が今年の二月くらい、丁度「DADA」の稽古期間で、稽古場で真依さんから「立命のCM出るねん」って言ってきて「え、あたしも」みたいな。びっくりでした。

松本 ね笑 白い箱を動かす関係で、スタッフさんがたくさんいて、

 長回しの撮影だから、真依さんを撮ってる間に一生懸命みんなで積んでましたね。

藤井 写真を撮ることの面白さはどんな所ですか?

松本 自分が嫌だなと思う瞬間も写真になった途端すごい客観的なものに思えたり、逆にすごい楽しかったこともまるで他人事のように写っていたりする。でも確かにその風景はファインダーを通して私が見た風景で。主観と客観を行ったりきたりする、その不安定な感じが面白いなって思います。

藤井 兵庫県展写真部門兵庫県立美術館賞を受賞された「泡になるわたし」はセルフポートレートでした。普段はセルフポートレート作品を沢山作ってらっしゃいますね。確かに、主観と客観が入り混じる面白さが松本作品にはあります。

藤井 ところで、この連載の撮影は全て携帯(iPhone 8 Plus)なんですけれど、やはりちゃんと一眼レフで撮影した方がいいんでしょうか?笑

松本 わたしは正直どっちでもいいと思う。あー、こんなこと言ったら怒られるかも笑。よく言われる事ですが、写真は「押せば写る」。どんな機材使っても押せば写ることは変わらない。だから大切なことは何を撮るのか選択していくこと。1mmミザンス(構図)が変わることによってによってパワーバランスが変わる。主役だったものが脇役に、脇役が主役になる。映画で言うとスピンオフ映画のように作品が生まれる瞬間がある。次の瞬間から今まで見えていた物が全く違ったもの見える。そうやってスピンオフし続けることで、新しいものに出会う楽しさが写真にはあります。

於:大阪にある某撮影スタジオ

話し手

橘カレン[Tachibana karen]宝塚北高校演劇科在学中に幻灯劇場旗揚げに参加。2014年NHK木曜時代劇『ぼんくら』出演以降、時代劇を中心にテレビドラマに多数出演。

 松本真依[Matumoto mai]兵庫県展写真部門兵庫県立美術館賞、宝塚市展写真部門市展賞、JPS展ヤングアイ部門奨励賞受賞等、新進気鋭の写真家。映画や舞台に多数出演。

聞き手

藤井颯太郎[Fujii sotaro]劇作家・演出家・俳優。 宝塚北高校演劇科在学中、幻灯劇場を旗揚げ。『ミルユメコリオ』で第四回せんだい短編戯曲賞大賞を史上最年少受賞。