第四回 「耳と身にまとう装置」岩谷紗希×杉山沙織
「やりたいことは全部やる」
小野 今回の「ラッツィ・バッツィの耳を1000回殴る」(以下、ラッツィバッツィ)では音響を担当されている岩谷さんですが、演劇に触れるきっかけとなったものは何だったんでしょう?
岩谷 幻灯劇場は名古屋学生演劇祭の「56db」で、うりんこ劇場さんにお世話になりました。実は私にとっては初めましてではなくて、うりんこ劇場さんが小学校で公演をしてくださったことがあるんです。初めての観劇体験でした。
小野 最初にどんな演劇と出会うのか、大事なことですね。
岩谷 中学時代には「ダイアル・ア・ゴースト」という作品を拝見して、その面白さに衝撃を受けました。私の中学校では原則として部活に入るのが決まりで、たくさんの部活がある中で迷ったんですけど、「珍しいなー」と思ってなんとなく始めてみたのがきっかけです。
小野 「なんとなく」から始まったんですか。
岩谷 だから、うりんこ劇場の平松さん(劇場プロデューサー)とお会いしたとき、「ぎゃーっ!」ってなりました。
杉山 嬉しい「ぎゃーっ!」やんな?(笑)
岩谷 はい、もちろんです(笑)実は「演劇界の広さ」っていうのが今でもよくわかってなくて。子どものころに「ぎゃーっ!」と思った方々とこんなにも早くお会いできると思っていなかったので、かなり感動してしまいました。
小野 高校でも演劇をしていたんですか?
岩谷 高校は……私、志望理由が不純で。「勉強せずに一位を取れる学校に行きたいです」って中学校の先生に話したんです。
小野 ワイルドですね。
岩谷 進学校を勧められてたんですけど結局どれも無視しちゃいました。とにかく面白そうなことができる学校を選んで、面白いと思えることを全部やろうって。実際、在学中は放送部と演劇部と軽音部と生徒会を兼ねてました。
小野 体何個いるんですか。
岩谷 「やりたいな!」とちょっとでも思ったら全部やろうと決めてましたから(笑)
杉山 ストイックやねぇ(笑)
岩谷 でも放送部、演劇部、軽音楽部、みんな思い通りに上手くいっちゃって、結局どれも「あまり面白くないかもしれない」って思ったんです。意外なことや挫折・発見に恵まれなかった。思った通りになっちゃうなら、それではあまりに面白くないなって、世界につまらなさを感じちゃって。
小野 熱量があっただけに、それとのギャップに落胆したんですね。
岩谷 「やろうと思ったら結構やれるやん」みたいに思っちゃって。もしかしたら三重県が悪いのかなって……(笑)
小野 三重県の気持ち。
岩谷 ライバルと言えるほどのライバルに恵まれませんでした。もうちょっと、ゴチャッとしたところに行きたい。そう思って、大学で京都に来ました。
杉山 京都府の気持ち。
「フェイクしぇいく」
小野 幻灯劇場には、2016年度京都学生演劇祭の「虎と娘」から参加されたんですよね。
岩谷 入学してひと月ふた月くらい経ったころに、大学で同じクラスになった子から「音響、やってくれませんか?」と頼まれて、二つ返事で答えました。
小野 そこが幻灯劇場だった。
岩谷 「稽古場行けば藤井さんって人がいるから!」とだけ言われたんです。男か女かも教えてもらってなかったので、稽古場にいた「しぇいく(今井聖菜の愛称)」を藤井さんだと勘違いして、しばらく話をしてしまいました。遅刻して来たおじさんが藤井さんでした。訳の分からない恐ろしい団体だと思いました。
小野 新規参入の岩谷さんが音響を担当した「虎と娘」は、同演劇祭で大賞を受賞しました。当時の印象的な話はありますか?
岩谷 頼まれての音響だったので音響らしいことはあまりしなかったんですけど、のめり込めばのめり込むほど面白い劇をやるところだなあと思いました。京都学生演劇祭っていうフェスティバルのこともきちんと知らされていなかったので、会場に行ってびっくりしちゃいました。
小野 京都大学の吉田寮食堂ですね!
岩谷 とりあえず全ステージでオペレーターをして、閉会式で藤井さんの横に座っていたら「大賞は、幻灯劇場『虎と娘』です!」って。そしたら藤井さんは「じゃあ、次は2月にロームシアター京都だね」なんて言ってて、正直「聞いてない」って思いました。大賞を受賞するとさらに上の大会への出場権がもらえるというシステムすら知らされていなかったので、「やばい、すごい、わからん!」みたいな、色々な気持ちが……。
「終わらない戦い」
小野 杉山さんは、初演の「56db」韓国公演から参加されたのが始まりですね。幻灯劇場に入ってから衣裳に対する考え方に変化はありましたか?
杉山 ありましたね~、以前はエンタメ劇団にいたので。見栄えやキャラクター性重視っていう作り方だったのが、幻灯劇場に入ってからは演出的効果を狙うようなモチーフやコンセプトを求められる。世間一般の固定概念を自分たちで新たな形に練り上げていく。それが面白いです。今までは江戸時代や戦国時代、近代や現代とか、そこから連想されるものをそのまま採用することが多かっただけに、イメージそのものを自分で作ってしまえることにワクワクしました。
小野 衣装製作の工程ではどの部分が好きですか?
杉山 全部しんどい。
小野 え、困っちゃいます(笑)
杉山 一番楽しかったのはディテール(細部)を考えることですね。服って、言ってしまえば、最低限服の形してればいいじゃないですか。でも、ボタンを変えたり裏地を変えたり、たったそれだけで印象が変わる。服はディテールの寄せ集めなんです。そしてそこに個性が出る。太陽から肌を隠すとか他人から見えないようにするとか服本来の目的はありますけど、そこにプラスアルファで個人の要素を足すのが楽しいです。しんどいけどね!(笑)
小野 衣裳にアイデアを足したり引いたり、「ここでもっと自分らしさを魅せるぞ!」っていう踏ん切りは、製作中に出てくるタイプですか?
杉山 「あれもしたいこれもしたい」が後から出てきますね。なので、ラフとは変わっていってしまうこともあります。やってるうちにディテールが増えていってしまいますね。
岩谷 音響って、舞台やってると終わった瞬間がいつかわかんなくて、気がついたら終演してるみたいなことがあるんですけど、衣裳には「終わったな~」って瞬間はあるんですか?
杉山 千秋楽のステージが終わった瞬間ですね。上演中に衣裳を着た俳優の姿を見ていると、やりたいことがどんどん出てきます。俳優が袖を通した途端に違う見え方に気づいて終演後に修正したり、最後のステージまで衣裳は終わらないですね。
服と音の共同作戦
小野 名古屋学生演劇祭で上演された「56db」では、人類と盲目の生命体KAGUYAとの攻防戦が描かれました。56dBという音量を超えると、聴覚の敏感なKAGUYAが人類に襲いかかりますよね。その際の特徴的な起動音、あれはどうやって作られたんですか?
岩谷 「目が見えず、音だけに反応する」という特徴を音のアイコンでも表現できないかなと、まずは思い立ちました。例えば、駅や公共施設で鳴っている「ピーン、ポーン」という音がありますよね。あれは「盲導鈴」といって、階段やエレベーターなどの位置を知らせるためのものなんです。それを混ぜ込みながら、「今から物音だけを頼りに対象を捜しますよ」という情報を耳から観客へ与えつつ、KAGUYAが人間離れしているとわかるようなメカニカルな音に仕上げました。
小野 情報を効果音から与える。音量に制限があり、台詞として情報が与えられない演目だったからこそ、一際効果的でしたね。
岩谷 「56db」は特にゲーム性の強い作品だったので、全員で提案し助言しながら制作していく過程は本当にゲーム開発をしているような気分でした。人類がプレイヤー側で、KAGUYAが敵側のような。その二極が存在するフィールドを構成するのが照明、音響、舞台で、プレイヤー側はシステム化したこの三部門から制約を与えられ、その行動を操作される。稽古を経るごとにシステムもバージョンアップされて、プログラムの名前も更新されていく。最終的には、オペレーターの席から人がいなくなるという目標がありました。
杉山 端からその言葉だけを聞くと、「あ、演劇の話だったの?」と驚いちゃいそう。
岩谷 そこまで持っていけたら、「56db」という作品が、たとえ従来の演劇の文脈を持っていなくても、独り立ちして作品として生きていけるんじゃないかなって思います。
小野 藤井さんも、いずれ道行く人をアルバイトに雇って上演できるくらい、普遍的で即興的な作品に仕上げたいと話していました。
岩谷 あれは衣裳と音響の共同作戦でしたね。「56db」はすごく遊べる作品だと思いました。
杉山 次は新素材を入れたいですね、光ファイバーとか。
身にまとう装置
小野 他に、去年一年間の公演で、何か印象的なものはありますか?
杉山 DADAの衣裳は大変でした。私は幽霊たちの服を担当したんですが、統一感やバランス感覚にかなりの繊細さが必要でした。一時、チュールの量を多くしすぎちゃって、少なくしたことがありましたね。あんまりずんぐりむっくりした死者って嫌でしょ?
小野 幽霊は、死に装束一枚っていうイメージがありますもんね。
杉山 パンツ一丁の男の子もいるでしょ? 逆にあんまりタイトにしちゃうと体の輪郭がはっきりしすぎてしまうので、その調整には時間がかかりましたね。
岩谷 制約がないって難しいですよね。善し悪しの境界はすべて自分で決めなきゃいけない。
杉山 基本的にDADAはラフからかなり吟味して作ったので、途中で変わることはありませんでしたね。
小野 ずばり、杉山さんにとって、いい衣裳ってなんだと思いますか?
杉山 わ、めっちゃ難しい!(数分考え込む)舞台によって全然変わるとは思うんですけど、俳優が着たとき別人に変えてしまう衣裳とか。
小野 着る服によって人間の立ち振る舞いが変わるのって面白いなと思います。
岩谷 スーツとスウェットじゃ全然違いますよね。
杉山 化粧したら気合が入るし。
小野 確かに。
杉山 衣裳は「俳優が物語を身にまとうための装置」だと考えています。だからこそ、もっと稽古場で俳優と濃く対話しながら衣裳作りしたいです。
コルセット縛りプレイ
小野 「ラッツィバッツィ」ではどんなことをやっていますか?
杉山 今作で扱う時代は、コルセットで締めあげてパニエで膨らませたキツキツかつフリフリ布いっぱいの服装から、ラフな新しい格好がもてはやされる時代への、ちょうど移行期にあたる時期なんです。
小野 文字数でわかります、全然違う。
杉山 そこがポイントだと考えています。時代のエッセンスを上手く抜き取りたいです。それをいかにミニマルにするか、いかに当時の世界観を作品と両立させるかという縛りプレイですね。
小野 「ラッツィバッツィ」は音楽を扱った話ですね。岩谷さんはどう向き合っていますか?
岩谷 私はまず音楽史を読み漁りましたね、なにせ何世紀も前の話なので。楽器はもちろん、今の私の感覚や知識とは違う世界が広がっている。それらを同期させる必要がありました。
杉山 同期。かっこいい。
小野 年代に合ったものを選ぶんですね。
岩谷 この作品は普通の「モーツァルト作品」ではなく、主役はモーツァルトの弟子とその妻。テーマで扱われる「レクイエム」は、曲のスケッチはモーツァルトでも補筆してるのはその弟子・ジュスマイヤー。モーツァルトの曲だけを調べるのではダメで、ジュスマイヤーが手を加える前後それぞれの曲が必要だったり……。
小野 大掛かりですね……。
岩谷 曲によってはなかなか音源が手に入らないんです。
小野 そういうときはどうされるんですか?
岩谷 楽譜を見ながらの打ち込みになるでしょうね。
小野 アナログな音符記号を見ながら、デジタルな楽譜に音を打ち込んでいく。
杉山 まさに現代という感じで、かっこいいですね。
立命館大学在学中、劇団月光斜に所属し衣装班として活動。
ファンタジーから抽象的な衣装まで幅広くこなす。私服のセンスは「柄の暴力」と評される一方で、シンプルでデザイン性に富んだ衣装も製作する。ここのがっこう在学中。
於:ラッツィ・バッツィの耳を1000回殴る 稽古場・稽古帰り道