第一回「かえりみち対談」稽古初日

2018年7月6日~8日まで京都東山で上演される幻灯劇場の新作「ラッツィ・バッツィの耳を1000回殴る」が稽古初日を迎えた。作・演出を藤井颯太郎が務め、橘カレン、谷風作、今井聖菜、戸根亮太ら四人の俳優が出演する。
 天才音楽家モーツァルトの妻・コンスタンツェは、夫の死後二人の子供を抱え貧困にあえていでいた。モーツァルトに「ラッツィ・バッツィ(変態クソ野郎)」と呼ばれた出来損ないの弟子ともに、天才の遺作「レクイエム」を完成させて一稼ぎを狙う。天才最後の仕事を凡人達が一生懸命台無しにしていく喜劇だ。
 稽古初日の朝、顔合わせも早々に台本の読み合わせが行われた。時代背景や製作意図を共有し、そのまま稽古に移る。簡易的な舞台美術や仮の道具を使い、冒頭から手探りで場面を作っていく。これから7月の上演まで二ヶ月間の稽古が始まる。
 稽古を終えての帰り道。バス停まで歩きながら、俳優たちに本作のことについて聞いてみた。

『かえりみち対談』

モーツァルトが会いにきてくれた

藤井 稽古お疲れ様でした。

橘 『ラッツィ・バッツィの耳を1000回殴る』はモツレク(モーツァルトのレクイエム)の創作秘話的な物語ですけれど、どうしてモツレクの物語を書こうと思ったんですか?

藤井 もともとモツレクには思い入れがあって、二年前に面白い資料を見つけてアイディアを温めておいたのが、去年の暮れあたりに物語になったんです。

今井 資料が物語になったきっかけはなんだったんですか?

藤井 なんだろう。去年の12月1日にその資料が出てきて久々に読んで、それからモーツァルトの死の前後の資料集めを始めたんです。そしたら、ある日突然今までどんな本や論文を読んでも解けなかった謎が次々繋がって、一気にプロット(台本の設計図。あらすじ)まで書き上げてしまったんです。驚いたのは、(書き終えてから気付きましたが)その日、12月5日はモーツァルトの命日だったの!全く意識してなかったのに!モーツァルトの霊が僕に会いにきてくれたんだなって笑

 その話、本当にすごいよね笑 その日、僕にも突然プロットが送られてきたんですよ。「モーツァルトが会いに来た」って。僕はプロットを読んで、すぐに「出る」って言った。


僕、南極にマフラー持って行かない人だから

 あはは。さっき、藤井君はモツレクに思い入れがあるって言ってたけど、なんなの?

藤井 なんなのってなんなの?笑

 モツレクに思い入れがある人なんて、南極行くのにマフラー持って行かない人くらい少ないよ

藤井 僕、自殺願望の塊みたいな少し暗い小学生だったんだけど、あんまり賢くないから息を止めるとか飛び降りる位しか死ぬ方法を思いつかなくて。息を止めても気を失ったらカンニングブレスしちゃうし、飛び降りても中途半端な高さじゃなかなか死ねないし。そんな時「レクイエムは鎮魂歌。魂を鎮めて天に届けるんだよ。」って父親に教えて貰って「モツレクを聞けば、あの世へ連れて行かれるかもしれなくない!?」って。笑

 バカだ!

藤井 それから毎日寝る時に枕元で父親が持ってたウィーンフィルかなんかのモツレクのCDをかけて、怖いなぁ怖いなぁでも死にたいなぁって泣きながら寝てた。

 モーツァルトで自殺しようとしたの?笑 新しいねぇ。

藤井 僕、南極にマフラー持って行かない人だから。笑

モーツァルトの名前を知る前から、モーツァルトの曲を聞いている。

藤井 みんなはあんまりモツレク聞いたことないの?

今井 この作品に関わるまで、ちゃんと聞いたことありませんでした。

 僕はモーツァルトっていう人間を知るよりも先に、モーツァルトの曲を聴いて育ってきたから「この曲もこの曲も、え?この曲もモーツァルトが書いたものなのか」って笑

三人 あぁー。

藤井 ピーター・シェファーの戯曲『アマデウス』に似たようなシーンが出てきたよね。モーツァルトのライバルの音楽家アントニオ・サリエリが神父に告白するシーン。サリエリはまず自分の曲を弾く。若い神父はその曲を知らない。次にモーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークを弾くと神父が驚く。「その曲は知ってる!あなたの曲でしたか!」

 モーツァルトの名前を知る前から、モーツァルトの曲は知ってる。

藤井 そうそう。まだ小学生かな、お祖父ちゃん家で初めてそのシーンを見た時、すごく寂しい気持ちになった。僕はまだガキだから、天才が好きなんですよね。サリエリになりたくないなって思った。

今井 天才かぁ。一般的に天才って言ったら潜在的な能力を持ってる人みたいなイメージがあるじゃないですか。メロディーが不自由なくポンポン出てくる人とか。

藤井 実際、モーツァルトの楽譜には書き直しがないらしいね。神経質なベートーヴェンと違って悩んだり、推敲したりした形跡がない。

今井 それはモーツァルトが、旅や人との出会いで得た全ての経験を作曲に還元することができたからじゃないですかね。

 経験をすべて素材にできる人が天才って呼ばれるのかなぁ。

 天才の作品は、その人の人格を離れ、名前を離れ、曲だけが一人歩きしていくんだね。

稽古初日の印象は?

今井 面白い座組みだなと思いました。我が道を行く人達が集まったじゃないですか笑

藤井 これで本当にいいのか四回は悩んだよね笑(一同爆笑) でも、作品を書いていく中でコンスタンツェは橘以外ありえないなって思い始めて、ジュスマイヤーは戸根、恋人のパスターヴッツは谷にやらせよう。でも実在人物だけだと息苦しいから、エルマ・クンツェ・リーバイっていう架空の女の子を作って今井に演じさせよう。って感じでキャスティングした。結果、人の話を聞かない奴ばっかりになった。

三人 えー笑

藤井 初日稽古してみてどうでしたか?今後の課題とか。

今井 やっぱり『喜劇』と言うからには 面白くしなきゃいけないですよね?笑

橘 台本は読んでて面白いけれど、実際にコンスタンツェとしてそこに立って稽古場で笑いを起こすのは難しい。でも、面白いでしょってやっちゃうのはちょっと違うな。必死に生きている姿を遠くから見た時に笑えるというのが喜劇かなと思います。だから、笑いを狙うことに集中するのではなく、どこまでも真摯にいきたい心持ちです。

今井 あと、今回は美術や道具が今までの幻灯でのお芝居とは違うな、と。

藤井 稽古初日から仮道具(上演用の道具の代用品、試作品)を使って立ち稽古をしましたね。

今井 そうそう。結構細かいブロッキング(俳優の動作の指示)がついたりして。今まで何も無い空間でお芝居をしてきたから、酒瓶、書籍、楽譜、白いカツラなど、雑多な道具に囲まれてお芝居をすることが新鮮でした。それを全部最大限効果的に使って、面白く作っていくのが今回の課題ですね。

藤井 特に谷の演じるパスターヴィッツは資料が少ない。今となっては、クレムミュンスター寺院にジュスマイヤーを連れ込んでいた時の記録とか出てきたけど、はじめは没年すら、探すの時間かかったよね。

谷 誰も知らないわかんないってことは自由だから。役の方から僕へ寄りそう形で作りたい。

藤井 今井が演じるエルマにしても架空の人物だし好き放題遊べそうだよね。演出家としての僕の課題は、話を聞いてくれない俳優達と根気よく向き合っていくことですね。みんな才能がある。パワフルだし勤勉だししたたかだし。彼等の魅力を丁寧に取り上げていって、最大限のパフォーマンスを発揮してもらえるように環境を整えたいですね。

今井 あっ。バス来た。ばいばーい。

三人 ばいばーい。

於・帰り道

話し手

橘カレン[Tachibana karen]宝塚北高校演劇科在学中に幻灯劇場旗揚げに参加。2014年NHK木曜時代劇『ぼんくら』出演以降、時代劇を中心にテレビドラマに多数出演。

今井聖菜[Imai seina]15歳の時、幻灯劇場旗揚げに参加。その後『虎と娘』アノネ役で初の主演。アイドルといちご、妖怪に精通。歴女の一面もある。

谷 風作[Tani fusaku]2016年京都学生演劇祭ドラフト会議において1位指名を受ける。第44回テアトル・エコー創作戯曲募集ノミネート。劇作家としても評価されている。


聞き手

藤井颯太郎[Fujii sotaro]劇作家・演出家・俳優。 宝塚北高校演劇科在学中、幻灯劇場を旗揚げ。『ミルユメコリオ』で第四回せんだい短編戯曲賞大賞を史上最年少受賞。